京都府のホームページによると北山杉が府木として昭和41年に選定された理由は以下のとおりです。
「北山杉は京都市北区中川一帯で生産され、北山丸太と呼ばれています。杉林の美しさと、磨き上げられた丸太の木のはだの美しさは独特の味わいがあります。木立が天に向かってまっすぐのびる姿は“伸びゆく京都”のシンボルです」。

「杉」という針葉樹は一種だけですが、品種改良された多くの「・・杉」が各地にあり「北山杉」もその一つです。この北山杉から作られる「北山丸太」は、真円で木の上下で太さが変わらず(写真左)、年輪が密で強靭(枝・葉を定期的に切り詰め年輪を太らせないため)、表面が白く光沢がある等の点が特徴です。室町時代に北山杉は茶室などの数寄屋造りに用いられるようになり桂離宮、修学院離宮に使われ、現在では京都府の伝統工芸品に指定されています。

特筆すべきは、北山杉の育林において最近少なくなってはいるものの、一本の太い幹から何本もの細い幹が出てまるで逆さクラゲのようで一目ではとても杉とは思えない「台杉仕立て」という独特の手法です(写真右)。これは、北山地方の急峻な斜面では育林に大きな困難が伴うため、一つの株から数本~数十本もの幹を育てることにより効率よく丸太材を生産しようとして室町時代に編み出されたものだそうでこの先人の発想に六百年後の現在においてもただならぬ独創性を感じます。最近では台杉仕立ての杉に鑑賞用、シンボルツリー等の新しい用途もでてきていることは喜ばしい限りです。

蝶にのめり込んでいた学生時代、京都北山というと上記の北山地方でなく、鞍馬の北の花脊~杉峠のイメージが強く当時幻の名蝶ヒサマツミドリシジミ(写真下左:左がメス、右がオス。写真下右:後羽の裏は他のミドリシジミのWではなくVサイン)が現れるという杉峠に何度も通いました。梅雨の晴れ間に杉の大木に時折飛来するヒサマツを多くの採集者と共にめぼしい杉の下で、ただただ上を見ながら蝶を待つ・・・ある日、一条の閃光のごとく飛来し杉の樹上にとまった蝶を5段継ぎ7mの網では届かなかったため友人の肩車でやっとのこと枝ごとすくってついにしとめた!と思ったら・・・ヒサマツではないエゾミドリシジミでガックリ。

その後、それまで謎であった食樹がウラジロガシであることが判明したため、採卵を思い立ち、春先に比良山系の谷筋に分け入り、杉花粉が吹雪のように舞う中(花粉症にならなかったのが不思議なくらいの飛散量)、斜面を登り、谷上部に突き出したウラジロガシの先の方の枝を落とし休眠芽に産み付けられた何十もの小さな卵を採取、そして4畳半の下宿で飼育した結果、ついに憧れのヒサマツを手に入れました。京都を離れ、社会人になってからは蝶を「採る」から「撮る」に移行しましたが、手元に残る標本箱のヒサマツを見るたびに、半世紀近く昔の落胆と感激を昨日のことのように思い出します。

ヒサマツミドリシジミ 左がメス、右がオス 後羽の裏は他のミドリシジミのWではなくVサイン

( Masterix )

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