もう50数年以上も前の話です。調べたところ1962年頃のことでした。場所は新潟市です。近くの公園に出かけた僕は、にわか仕立ての舞台の上で、自分の背よりも高いスタンドマイクに向かって懸命に歌う小さな少女に釘付けになりました。素人参加ののど自慢が開かれていました。少女が朗々と声を響かせるときに細い血管が首筋に浮かんでいたのを覚えています。

その後まもなく少女は作曲家の古賀政男氏に見いだされ、天才少女、美空ひばりの再来ともてはやされ、小学生でプロ歌手として華々しくデビューしました。小林幸子は彼女の本名です。しかしヒットを飛ばしたのは最初だけ。そこから長い苦節の時代を過ごすことになるのです。「低迷期の15年間に渡って一人で全国各地を行脚し、昼間は各地の興行を行いながら地元のレコード店やラジオ局、有線放送局などへ一人でキャンペーン廻りをして、夜になると毎晩深夜遅くまで飲み屋やキャバレーなどの繁華街を泥酔客に絡まれたりしながら歌い廻っていた(Wikipedia)」とのことです。

もはや誰もがかつての天才少女のことなど忘却の彼方だった1979年、彼女が再起をかけた「おもいで酒」が有線放送を中心に徐々に火がつき、やがて200万枚の大ヒットにつながりました。「苦節15年」が当時の彼女を紹介する常套句でした。その後の活躍ぶりや紅白歌合戦での派手な衣装はすでに誰もが知るところです。

その彼女が1987年に出した曲が「雪椿」です。作曲は同郷でおなじく苦労人だった遠藤実。累計で80万枚を超える大ヒットになりました。

雪椿は新潟県の県木です。その紹介記事にはつぎのように記されています。

「雪椿は、暖地に分布するツバキと異なり、その名のとおり日本海側の雪の多い地帯に自生しています。昭和41年に全国的に展開された「県の木」制定運動で県の木に選ばれました。 雪の中でも緑を見せる生命力を持ち、県民性を象徴しているとも言えます。(昭和41年8月27日制定)」

(新潟県出身 AY)

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